頼りない夜に一つの光を

愛しきアイドルたちよ、幸せであれ

加藤シゲアキが「作家」になる時。

 

アイドル 加藤シゲアキは2012年に発表された『ピンクとグレー』で文壇デビューを果たした。

衝撃だった。まさか自分の応援しているアイドルが小説を書くなんて想像もしていなかった。一方で、どこかで妙に納得している自分もいた。当時の加藤さんは確かに何かを渇望していて、それと同時にどうしようもなく何かに絶望しているように私には見えていた。だからこそ希望の光を見出そうと、暗闇の中もがいていたように思う。

 

加藤さんは、作家になりたくて作家になった訳じゃない。「NEWSでいるために、NEWSを続けるために、自分に何ができるか」を模索し、必死に足掻き、ようやく辿り着いた答えが「作家」だった。ただそれだけ。 

歌が上手いメンバーは他にいる、踊りが上手いメンバーも他にいる、アイドルとは違う舞台で輝き出したメンバーもいる。それらに割って入る技量やチャンスはなく、かといってまた別の"演技"という道を行けるほど、飛び抜けた実力があるとも言えない。もはやそれしか道はないとすら思っていた私は、どこか冷めたファンだったのかもしれない。だからこそ加藤さんが本を書いた、という事実は私にとっては当然の結果のように思えた反面、彼の決めた重すぎる覚悟が少しこわかった。何を綴り、何を背負ってこれから生きて行くのか。加藤成亮の今まで」と、加藤シゲアキのこれから」を思うと、苦しくて、でもやっぱり嬉しくて、「小説」という希望の光を見出した加藤シゲアキのことがたまらなく好きだと思った。

 

今でも、加藤シゲアキという見慣れないカタカナ表記の名前が装丁に刻まれた、少しザラザラとした加工を施した本を手にしたあの時の、なんとも言えない気持ちはずっと忘れられない。たぶん一生忘れられない。嬉しいような、恥ずかしいような、誇らしいような、とても不思議な感覚だった。私が応援している「アイドル 加藤成亮は、確かにここに、この本の中にいるはずなのに、いつのまにか私の知らないどこか遠くへ行ってしまったような、そんな感覚に陥った。

しかし、実際に彼の作品を読んでみたら、私の知っている加藤成亮がそこに存在していた。もちろん、彼のありのままの姿が物語に投影されていた訳ではない。けれど確かに、そこに加藤成亮の片鱗を感じていた。これは紛れもなく「アイドル 加藤シゲアキの書いた作品なんだと痛いくらいに感じてしまって、声をあげて泣いた。

 

 

俺ね、ピンクとグレーを書いて、性格が変わった。

それまではさ、その"陰と陽"がさ、わかれない訳よ。ずっと混ざってる訳じゃん。笑ってる時も、なんかちょっと笑いきれてないというか。ライブの時も、今は楽しいんだけど、不安…みたいなモヤモヤがあって。だけど、これ(小説)をやってから、逆に、アイドルをマジでやる!みたいに振り切れたのかなぁ。

一個小説っていう居場所ができたことで、(陰と陽が)バッとわかれたっていうか。書く前とかさ、なんで俺はアイドルやってるんだろう?向いてないのに…みたいな、そういう部分が結構あったんだけど。今は、向いてる向いてないじゃなくて、やる!と。

 

『ピンクとグレー』が発表された年の年末、加藤さんは雑誌*1でこのようなことを語っていた。私はこのインタビューを読んで、"らしい" な、と思った。

 

私事で恐縮なのだが、私は小学生の時、いわゆるやっかみから始まったイジメで精神的に参ってしまった時期があって、本の世界に逃げたことがある。誰かのヒロインになったり、全く知らない場所へ旅をしたり、本を読んでいる時だけ、私は私を忘れることができた。

やがて本を読むだけでは自分を救いきれなくなって、自分でも物語を書いた。たくさん書いた。物語の中の世界の住人として私を存在させることで、誰かに私の存在を許してもらえるような気がした。

こうすることでしか、私は私を守れなかった。

そんな自分が嫌で嫌で仕方がなかったけれど、どうすることもできなくて、足りない何かを貪るように本を読み、物語を書いた。

そうやってマイナスのツールとしてしか、本に接することができなくなってしまった時期があった。けれど、物語に私の中の「負」の部分を吐き出したことで、「正」の部分が大きく残った。私はイジメを乗り越え、友達にも恵まれ、とても充実した楽しい小学校生活を送った。

 

おこがましいのは重々承知の上だが、私はこのインタビューを読んで、加藤さんの気持ちが少しわかるような気がしたのだ。

当時の加藤さんはアイドルとして生きていくにはあまりにも「普通」だった。どこか生きにくそうで、置かれている環境や自分自身にも納得していなさそうで、なのにプライドだけは高くて、そういうアンバランスさみたいなものが、私の目にはとても魅力的に映っていた。そういった"陰" の部分が、本を書いたことによって消化されたのかな、と感じた。「普通」であった加藤成亮「アイドル」としての加藤シゲアキの住み分けがそこで出来たんじゃないかと、そう思っている。その結果なのかはわからないけれど、それからの「アイドル 加藤シゲアキは目を見張るほどに、どんどん魅力的になっていった。

 

 

だからこそ、私は「アイドルと作家」という二足のわらじを履く加藤シゲアキに対して、思うところがある。

 

処女作『ピンクとグレー』には「NEWS加藤シゲアキの衝撃のデビュー作!」という帯がついたし、その帯や宣伝ポスターにも彼の写真が大きく使われた。そして、その後も加藤さんの本が出版される度に「NEWS加藤シゲアキ待望の新刊!」といったような煽り文が書かれたポップを置いている書店がたくさんあった。加藤さんの本が陳列されているコーナーが「文芸書」ではなく「エンタメ・芸能」に分類されている書店も多く見かけた。

 

私は、それがとても悔しかった。アイドルとしてはあまりにも正しすぎる "正解" だったからだ。

 

「NEWSのために」という思いが根底にある加藤さんが書く本が、そうやって宣伝されて、そうやって多くの人の手に取られて、やがて「NEWS」というグループを知るきっかけになる。現に、加藤さんが執筆した『ピンクとグレー』は映画化、『傘をもたない蟻たちは』はドラマ化され、結果として多くの人が目にすることになった。それは、加藤さんが「そうなったらいいな」と描いていた未来そのものだったのだ。「何もできないポンコツでごめん」と感じていた加藤さんが、そういう形でグループに貢献できていることが、どれだけ加藤さんにとって自信になったのかは、ただの一ファンである私には想像することしかできない。けれど、「アイドル」として何か武器が欲しいと、必死でもがいていた加藤さんがやっと手にした唯一無二の武器は、確かに眩しく光り輝いていた。

 

一方で、「作家」として正当な評価を得られないというジレンマを抱えることになる。「アイドルが書いた小説」という色眼鏡で見られることが前提となってしまうからだ。「私はそれがとても悔しかった」と前述したのはそういう理由である。私は「アイドル加藤シゲアキ」のファンではあるが、そうでなくとも「作家加藤シゲアキ」のファンになっていたかもしれないと思うほどに、加藤さんの書く本が好きだ。ここで加藤さんの書く本の魅力について綴ろうとするととんでもない字数になってしまうので今は割愛するが、人の併せ持つ、それこそ "陰と陽" が丁寧に描かれていて物語として綺麗すぎなくて、とても好感が持てる。けれど、私がいくら加藤シゲアキの本を「好きだ」「面白い」「読んでほしい」と叫んだところで、「好きなアイドルが書いた本だからでしょ」という評価に終わってしまう。それがたまらなく悔しい。

人によって感性は異なるから、加藤さんが書いた本を「つまらない」「所詮こんなもんか」と感じる人だっているであろう。けれど、「アイドルが書いた小説」という色眼鏡がない状態で加藤さんの本を読んだ時、確かに違う景色を見せるはずなのだ。それだけの力量があると、私は思っている。

 

 

加藤さんは自身の作家のスタンスについてはかなり控えめで、「ジャニーズだから(賞を取っていなくても)本を書けてる」「"自称"作家なんだよね」「そんな半人前の俺が"作家"として偉そうにするのはすごく抵抗がある」「(推薦文は)僕なんかが書くのはおこがましいと言って今まで断ってる」などと語っている。

「アイドル」の武器のひとつとして輝く「作家」は、今となっては確かな存在感を放っている。「作家」という肩書きがあったからこそ出演することのできた番組も数多くあるし、「作家」というバックグラウンドがあったからこそ経験できたことも多々あったであろう。それが「アイドル」としての肥やしになっていることが目に見えてわかるのがとても嬉しかったし、実際にここ数年の加藤さんは「アイドル」としてより一層輝いているように見える。「作家」という武器が「アイドル 加藤シゲアキにとって大きくプラスの方向に作用していることは間違いないと思う。

 

だからこそ、その「作家」という武器は、もっと強いものになってもいいんじゃないかとも思う。なってほしいと願ってしまう。又吉さんと加藤さんがMCを務めるタイプライターズでは、賞を受賞された作家さんをゲストに迎えるため、直木賞芥川賞などの文学賞の話になることが多々ある。芥川賞を受賞された又吉さんもその会話に加わりトークを繰り広げるが、その時の加藤さんの横顔が少し寂しそうに見えてしまって、私はいつもたまらない気持ちになる。「賞が欲しい、という意味ではなく認められたい、認められるまで書き続けたい」と語っていた加藤さんの本当の心の内はわからないけれど「賞をもらっていない」ことが、どこかで加藤さんを縛っているような気がしてならない。

 

だから私は夢を見る。いつか、加藤シゲアキ文学賞を取る、そんな夢が叶う日を願ってしまう。加藤さんの夢、と勝手に背負わせてしまうのは私のエゴでしかなく、加藤さんが心からそれを願っているのかは、私にはわからない。「いつか」とは漠然と思っているのかもしれないけれど、ああいう人だから「俺なんてまだまだ」なんて欲のないことを思っていそうな気もする。

だから、これは私の夢だ。私が勝手に願い続けている夢。いつか叶うと信じている夢。

 

加藤シゲアキ「作家」として文学賞を取った時、「アイドル」としてだけでなく「作家」としても、ますます輝いていくのだろうなと思うのだ。私はそんな加藤シゲアキが見たい。成功体験を積み重ねて、確かな自信をつけてどんどん魅力的になっていく加藤シゲアキを、私はこれまでたくさん見てきた。「アイドル」でいるために、「NEWS」でいるために、本を書き続けた加藤シゲアキ文学賞を取る。そんな美しい物語の渦中に、私は今いるのだと信じたい。

 

 

これからめくっていくページには、一体どんな物語が待っているのだろう。それが楽しみで幸せで仕方がない。

 

 

だから私は「加藤シゲアキ」という終わらない物語を今日も読み続ける。それはたぶん、これからも。

 

 

*1:+act.mini VOL.19