我らが加藤シゲアキさんがクリエイティブプロデューサー・脚本・原作を務めるAmberSを観劇してきました!!!やっと!!!ようやく!!!観れたよ!!!(泣) 最初で最後の1公演を観た直後の感想なので、正直記憶も曖昧なところしかありませんが!!!(威張るな) こうやって感想を書き残すのはただの自己満なので許してください
↓以下盛大にネタバレを含みます
イヴル as 大橋和也
大橋くんが過ぎない???(※最大級に褒めてる) AmberSという舞台はきっとこれから先も受け継がれていく舞台になるのだろうけれど、イヴルは大橋くんにしか出来ないのでは…というか大橋くん以外にやらせるのは酷では…と思ってしまうくらいめちゃくちゃ"イヴル=大橋和也"だった。常に明るくて元気で誰にでも優しくて正しくてそこにいるだけで場が和むような、まさに太陽のような存在。お父さんを目の前で亡くし足が不自由な弟と2人きりの借金まみれ生活を余儀なくされながらも、あんな風に生きられる人は他にいないだろう。
でも、そんな"圧倒的陽"なイメージのあるイヴルだけれど、何も考えていない訳じゃなくて、決してバカなんかじゃなくて、むしろ"こうありたい"と強く願ったからこそのイヴルという人物像が出来上がったんだろうな、というのが正直な印象。アランに「僕みたいな奴は生きてる価値ない」(曖昧な台詞記憶)と言い放ったことや、2幕の最初のイヴルの夢の中でルイに「どうして兄さんじゃなくて僕だったんだ」「代わりに兄さんが死ねば良かったのに」的なことを言われていたことから、本当はずっと自分でもそう思っていたんじゃないかな。夢だし、深層心理的なね。ルイの足を治そうとクラッシュが起きるたびにその地へ赴き懸命にAmberSを見つけようとしていたイヴルは「生きていても良い理由」をずっと探していたような気がする。それは贖罪ともとれるような。「ルイの(足を治す)ために生きていても良い」そんな風に自分を奮い立たせて、言い聞かせて、ずっと2人きりで生きてきたのかもしれない。だからこそ、アランの化身ともとれるAmberSを自身に取り込むことも厭わなかったんだと思う。ルイが虎になってしまった(と私は考えている)(この件についてはまた後で話す)ことで、"生きていても良い理由"を失ってしまったイヴル。けれど、幸か不幸かルイを取り戻そうとする中で「共に戦った仲間の生き様を語り継ぐため」「アランの意思を継承するため」に、また生きていても良い理由を見い出し、永遠の命を手に入れた。思うままに生きている圧倒的主人公のように見えて、実はずっと"誰か"のために懸命に生きようとする心から優しい人なんじゃないかと思う。そんなイヴルが永遠の命を手に入れたということ自体が希望だとすら思う。
そもそもの前提として、1200年以上生きて様々な人と関わってきたであろうアランに「どんな時もずっとそのままでいて」と言わせる程の人間的魅力がイヴルにはあって、そんなイヴルが永遠の命を手にしたことで救われる人がきっとこの先たくさんいるんだろう。まだアランと出会って間もない頃、もしAmberSを手にしたら、という話をしている時に「ルイの足を治して、借金を全部返して、それでもお金が余ってたらアランのために楽団をつくるよ!」そんな風に無邪気に、裏表もなく何の損得感情もなく笑顔で話すイヴルに救われた、アランもまたその1人なんだろう。もしこの先AmberSという舞台が続くとして、今回の設定からまた何百年後何千年後の世界を描いたとしたら、イヴルが永遠の命を手にしたことで人の醜い部分や汚い面に触れて人間不信のようなものに陥って、あの明るく優しい性格の持ち主だったイヴルが何もかも諦めて自分1人が長く生きても意味がないと闇堕ちする展開とか絶対やめてほしい。でもあの加藤シゲアキさんならやりかねない。本当に容赦がないので。(褒めてます)
アラン as 寺西拓人
存在がレベチ。なんだこの人。佇まいだけで只者じゃない感が伝わってくる。さすが加藤さんが口説き落とした男。(言い方) だってもうさ、本当にすごいのよ歌もとんでもなく上手いしダンスも紳士的で優雅だし3階席でもはっきりと台詞が聞こえてくるし、あぁこの人は途方もない時間を舞台の上で生きてきた人なんだなと経験値の圧倒的差を感じられて、それがAmberSという存在とリンクしているようでとても良かった。なんかもうそれだけで泣けた。
アラン、不思議な人だったなぁ。纏う雰囲気は神秘的なのに誰よりも人間的で、その優しい瞳の奥には孤独が滲んでいて、本当の意味でもう誰かを映すことはない。"永遠を生きている存在"というより、"終わることの出来ない時間を生きている存在"という見方の方が近いんだろうなと思った。虎に生かされた意味を考え続け、エルの「あなたは生きて」という最後の言葉だけを胸に"争いの終焉"を遂げることが自身の使命のように生きてきた時もあったのだろうけれど、いつの時代も人間は愚かで、欲望まみれで、1200年以上争いが止むことはなかった。そんな人間ばかりを見てきたアランだからこそイヴルの真っ直ぐさが眩しくて、こんな人間もいるのかとイヴルの存在自体が希望そのものだったんだと思う。ようやく終わることの出来る長すぎた人生の最後に、イヴルというまっさらな希望と出会えたことこそがアランにとって最大の救いだったとも言える。
音楽だけはずっとアランのそばにいてくれたんだよなぁ。そばにいてくれたというか、それだけは手放せなかった、という方が正しいのかもしれない。今も変わらず流しのピアニストをやっていることがその証拠のように思えてしまって。気が遠くなるような長すぎる年月を音楽だけは一緒に超えることが出来て、あの頃と同じ歌を口ずさむ女性にまた出会えて。イヴルに出会えたことと同じくらい、ノアと出会えたことはアランにとっての希望だったのかも。そんでさぁ!!??加藤さんさぁ!!??「音楽も、歌も、1人じゃ寂しいもんな。1人じゃつまらない。」この台詞を今の寺西くんに言わせるのか…と思わず唸ってしまったよ!!??加藤さんってどこまでも残酷ですごい。(※褒めてます)
余談になるかもだけれど、"音楽"ひいては"エンタメ"は戦時下では無力とされる描写がモダンボーイズと重なって見えてしまって泣いてしまった。戦時下と同じように、不要不急と叫ばれ思うようにエンターテイメントを享受することが難しかったコロナ禍に上演されていた、奇跡の舞台。エンターテイメントは誰かにとっての救いになるんだと、そう信じてエノケン一座の劇場の扉を開け続けた浅草エフリィの想いと、「Show must go on」の精神を受け継ぐ加藤シゲアキが描いた世界が勝手に重なって見えてしまって。エンターテイメントの力を信じている人が紡いだ物語が、このAmberSという舞台であることに泣けてしまったよね。加藤さんは、私なんかが想像しているよりずっと、この事務所の伝統や文化を愛しているんだろうなと思った。"平和への祈り"もこのAmberSという舞台に散りばめたそのひとつかなぁと。
※↑この乱文を書き殴ったあとにパンフを読んだら加藤さんからしっかりと明言されていて死にたくなった。わかった風に語ってすみませんでした。
ルイ as 嶋﨑斗亜
斗亜ちゃん…!!!???(大号泣) 最強漢の小島と一緒にバカやってくれる斗亜ちゃん is Where!!!???(支離滅裂文法) えーーーんまじか斗亜ちゃんにこの役やらせるとか加藤さんて本当に鬼畜…と思いかけたけれど(ひどい)、「Jr.は事務所の人が推薦してきた子をそのまま起用した(意訳)」と加藤さん本人がラジオで語っていたので、事務所の大人の中に斗亜ちゃんにこの役をやらせたいヘキの持ち主がいるということに恐れ慄いている。ぜひ友達になりたい。(え) 加藤さん冤罪ごめん。
凄まじかった本当に。前半の"しっかり者の弟"という印象を上手く観客に植え付けたのちの、狂気さえ感じる最大火力の出力。斗亜ちゃんのあの儚いビジュアルも相まってその説得力というか、"恐さ"みたいなものが増してたなぁと思う。そもそもの設定として「大橋くんの弟役なんだぁ〜さすがチーム関西♡」とオタクはみんな思う訳じゃん???(クソデカ主語) それを嘲笑うかのようなこの関係性、まーーーじで加藤さんって本当に(以下略) 元々の関係性を容赦なく設定に盛り込んでくるこの感じ、THE事務所の舞台!という感じがしてとても良かった。
ハードクラッシュが起きたあの日、ルイの足には石化したAmberSが取り込まれたせいで足が動かなくなったんだと思ってるんだけどどう???(聞くな) イヴルが足を滑らせたことやお父さんが亡くなった描写は詳しく語られているのに対して、ルイに関しては「そしてルイの足が動かなくなった」とだけしか語られず詳しい描写はなく、怪我をしたからとも何とも言われていないのが気になって。AmberSが体に取り込まれているから虎の声が聞こえて、クラッシュの行き先がわかるんじゃないかなと軽率に考えていた。でもだとしたらアランにも虎の声が聞こえるはずだよな…という矛盾が生じてしまうのだけれど、それは石化しているかそうじゃないかの違いだったりするのかな〜なんて都合の良い解釈をしてみたり。虎の声が聞こえてクラッシュの行き先がわかるからと、利用価値の高い人間としてヒルダに攫われるも足の治療が完治したことでその力も失ってしまったんじゃないかな。それを自身でも悟っていたからヒルダを手にかけたのかもしれない。ヒルダの右腕だったウォルフがルイが攫われた直後に「利用価値のある人間は簡単には殺さないはずだ」と語っていたことからも、その逆もしかりとみて賢いルイは先手を打ったんじゃないかな、と。
イヴルとの関係性は苦しいけど、本当に嫌っていた訳じゃないんだと思う。ヒルダを手にかけた直後にやってきたイヴルに対しては、どうにかその場を取り繕うとナイフの血を拭っていたし。いや、そう思いたいだけなのかも。というより、憎悪とか愛情とか感謝とか色んな感情がこんがらがってしまっていて、そう簡単な感情じゃないんだろうなと思う。兄を殺したヴィンガスと兄を殺さなかったルイの対比も考えたりもした。ヴィンガスは欲望にかられて実の兄を殺したけれど、ルイはそうはしなかった。ただ、イヴルに対してこんがらがった思いをずっと抱えていたのは事実なのだろう。でもそのイヴルに救われたことも少なからず絶対にあっただろうから、簡単には殺せなかったのかな。でもそうやってイヴルに救われていることにさえ嫌悪感を抱いていたのかもなぁ。本当はイヴルを助けられる自分になって、イヴルに認めてほしかっただけなのかもしれない。イヴルはそんなこと望んでなかっただろうし、というよりルイという存在自体に十分助けられていただろうし、認めるも何も…という兄弟の思いのすれ違い、切ない。なんかさぁ〜〜ルイは所詮まだ可愛い子供なんだなって苦しくなった台詞があって。足が動けるようになって自由を手に入れたルイが「大統領になる」と語っていた姿を見て、色んな意味でまだ何も知らないルイにとっては権力や自由、そして兄であるイヴルから認められるであろう象徴が分かりやすい大統領なんだなと思って切なくなった。
そんなルイの、選ぶ側になりたいという強い思いがルイを虎にさせたのかも、なんて思ったりもする。でもヒルダを手にかけることやイヴルへ思いの丈をぶつけることで実はもう自ら選んでいたし、結局虎に選ばれたという皮肉がまた…救いがない。本当に加藤さんは容赦がない。イヴルへぶつけた思いの中で「いつもその背中を眺めてばかりで、兄さんは振り返ることもなかった」という台詞があったと思うのだけれど(うろ覚え)、それに対してイヴルが虎(ルイ)に放った最後の言葉が「いつか必ず、追いついてみせるよ」だったことにまぁ〜〜〜本当に痺れた。ルイは、イヴルに追いかけられる側になったんだね…(クソデカ感情)(もはや言葉に出来ない)
AmberS第2章があるとするならば、虎になったルイと果てしない時間を生きたイヴルの物語になるんじゃないかな〜なんていう余白を考えるのも楽しい。ということは、今回のAmberSは贅沢なプロローグなのでは…!!!???などと考え始めてしまってもう頭がパンクしそう。でも加藤さんならやりかねないからこわい。(プロデューサー加藤シゲアキへの絶大なる信頼)
オルッカ as 猪狩蒼弥
めっちゃ良い役。そんで良い奴。オルッカもイヴルと同じように裏表がなくて、軽快で、だからこそ人を惹きつける何かがあってユラリリスのリーダーは間違いなくオルッカだと断言出来る魅力が溢れてる。オルッカのもつ無鉄砲さというか、勢いと圧倒的"青さ"のような要素がまたユラリリスという危うい組織を象徴していたような気がする。リーダーで誰よりも思想を大事にするオルッカと知力のエンリケと武力のウォルフという3人組のバランスも好きだったなぁ。3人の出会いを描いたスピンオフ、まってます。
あとこれはただの加藤担としての勝手な気持ちなのですが、オルッカがアランの聖典(手記)によって本当の意味で命を救われていたことにグッときてしまったんですよねぇ。文章によって救える人がいることをきっと加藤さんも信じていて、だからこそ今も尚書き続けていて、そしてそれを猪狩くんにも伝えたかったんじゃないかな、なんて勝手に想像したりもします。全然詳しくはないから申し訳ないのだけれど、猪狩くんも文章を書く人という印象が強いので…。加藤さんはそういう愛情のかけ方をする人です。
エンリカ as 川﨑皇輝
救いがなさすぎて死にそう。実の親に二度も殺され(一度目は未遂で終わったけど)、最後の言葉が「僕は何のために生まれて…」だったの本当にさぁ…せめてその答えが自分で見つけられるまでは生きていてほしかった。でも悲壮感みたいなものは全くなくて、どこか高貴な雰囲気さえ感じるのは川﨑プロだからこそかなとも思う。
倫理観のあるAIによって救われた命と、そのAIを作り出した人間によって奪われた命。その狭間で生きた人だったんだよなぁエンリケは。虎やAmberSなどの人智を超える"何か"が描かれる世界で、1番身近な"人間"という生き物に生涯振り回されたのがエンリケだったように思う。でもエンリケのまっすぐですごいところは、AIに対して感謝の気持ちがあるからエンジニアになろう!と思えるところ。そしてその夢を叶えて、その実力を遺憾無く発揮出来る場所に常にいるところ。でもさぁ…ロメロタンク社に引き抜いたのは、エンリケを殺そうとした実の父親であるヴィンガスであるという絶望感。結局はずっとヴィンガスの手のひらの上だったってこと???(泣) でもその場所から自ら抜け出し自ら選んだ場所が、かけがえのない仲間と出会えたユラリリスだったことは唯一の救いだと思いたい。あなたが生まれた意味は、きっとそこにあるよ。
ウォルフ as 松尾龍
オタクの妄想詰め合わせなん???美しい金髪の長髪が時に剣のように鋭く舞い真っ青な軍服を翻して戦う気高い最強の戦力。そんなんビジュアルからしてみんな好きに決まってるじゃん。しかもパンフ読んだら事細かに過去設定があって「加藤さんも好きじゃん!!」となった。(短絡的)(この過去設定がまたえげつない) 身のこなし方や軽やかさが本当に異常で(褒めてる)、"最強の右腕"という設定に説得力しかなかった。松尾くんも舞台映えめちゃくちゃするなぁという印象。声も良いし佇まいや所作がとても綺麗。バレエをやっていたと知って納得。
劇中歌
好きすぎる。さすがに全曲耳コピは出来なかったので(そりゃそう)、パンフに歌詞が載っている2曲に限られてしまうのが惜しいけれど。
「眠る君へ」はエルが我が子のために作ったと語っていたけれど、歌う人によって表情を変える不思議な曲だなぁと思いながら聞いていた。エルが歌う「眠る君へ」は紛れもなく愛しい我が子への子守唄だし、アランが歌う「眠る君へ」は亡くなったエルへの追悼歌のように聞こえるし、ノアが歌う「眠る君へ」は1200年以上生きたアランが愛した人のもとへ帰れるように、安らかに眠れるようなお守りみたいな曲だなぁと思いながら聞いてた。最後のシーンとか特に。
そして最後に歌うAmberSの、イヴルが歌っているのが
おとぎ話の始まりは いつも悲しくて
遠くのこと 関係ない 誰かのこと
希望のかたちは 魔法に似ていて
結末のない 果てなき道へ
に対して、アランが歌っているのが
おとぎ話の終わりは 始まりのように
静かな色 夜明けの匂い あのぬくもり
確かなことさえ 揺らいでしまう
正しさだけじゃ 守れぬものを
なのがも〜〜〜〜〜うさぁ!!!???(語彙力) イヴル目線アラン目線のAmberSそのものじゃんって。でもさ、イヴルが歌うと"悲しいおとぎ話の始まり"はたぶんAmberSを飲み込んだ自分のことじゃなくて、全ての始まりのアランのことなんだろうなぁと思えてしまうの、イヴルの才能だなぁと思ってしまう。決意を込めるかのように"結末のない 果てなき道へ"と高らかに歌い上げるの、本当にずるい。イヴルってそういう人だよね。それに対してアランの歌詞がもうほんとに…だめ。正しさだけじゃ守れなかったもの、その両手からこぼれ落ちてしまったものを私たち観客は知ってしまっているせいでもう涙が止まらなくて止まらなくて。信じられないくらい歌も上手いから余計泣けてくる。(八つ当たり)
「どうか抱きしめて震えるこの身を」「どうか受けとめて 新たな宿命(さだめ)を」とかもさ、恐らくはイヴルに対しての歌詞なのかなとも思ったけれど、アランにもルイにもみーーーんな当てはまるじゃんって思ったらもう泣けて仕方なくて。全ての歌詞がAmberSというこの舞台をまさに表す絶妙な歌詞のオンパレードで、誰がこの曲作ったの!!??天才!!??と思ってクレジットみたら「作詞:加藤シゲアキ」あなたが神か。最後カンパニー全員でこの曲を歌っている時、もうほんっっっとに涙が止まらなくて。ただでさえアランがノアとの約束を果たすべく、文字通り消え入りそうな姿で最後のその瞬間まで彼が愛した音楽を奏でていたシーンでもうめっちゃ泣いてたのに、この曲で完全にトドメを刺された。パンフ買った人は全員この曲ぜひ読み込んでください…イヴルに希望を託し継承される物語なんだなということが改めてよくわかるので…
余談ですが、このAmberSという舞台を観劇して、加藤さんはやっぱり「絶望的に素晴らしいこの世界に、僕は君と共にある。」を描くことが、とんでもなく上手い…上手すぎる…と思ってしまいました。(もしかしたらこのブログを読んでくださっている人の中には加藤担ではない方もいらっしゃってくださるかもしれないので補足すると)、この「絶望的に素晴らしいこの世界に、僕は君と共にある。」というキャッチコピーは加藤さんの処女作であるピンクとグレーにつけられたものです。加藤さんが紡ぐ、このメッセージが込められている物語にはわたしはめっぽう弱く、加藤さんが初戯曲を担当し正門くんが主演を務めた舞台「染、色」も、希望の物語だったと解釈したわたしは、今回もまたAmberSという舞台をそう解釈してしまいそうで…。わかりやすいハッピーエンドじゃないけれど、確かに希望はそこにあったと思っていて。加藤さんってなんていうか「絶望と希望が同じ顔してやってくる」をやってのけてしまう天才だと思っているんですけど、今回もまたやってくれたな…というのが超個人的な感想です。余白盛り盛りで行間読みまくれるタイプの作品が好きなわたしにとってはなおさら。
そしてこれは完全にただのいち加藤担人格としての気持ちなので読み飛ばしてもらって構わないのですが、最後のアランとノアのシーンで涙し、AmberSをカンパニー全員で歌い上げる姿に隠しきれないほど泣き、そして本当の最後。カーテンコールが終わって大橋くんと寺西くんが示した先に私が世界で1番大好きな人の名前がそこにあって、観客が一際大きな拍手を送っていて、そんな会場の光景を目の当たりにしてしまったわたしは、ダムが決壊したみたいに視界が涙にのまれてしまうくらい大号泣してしまって、何食わぬ顔して席を立てないくらいにはものすごく食らってしまって。あぁ加藤さんが文字通り心血を注いで紡いだ物語は、多くの人にちゃんと届いたんだなと思うともう涙が止まらなくて。自担が誇らしいとか光栄とか、もはやそんな感情じゃなくて、加藤さんの作家人生が全て肯定されたみたいな気持ちになってしまった。
加藤さんは、作家になりたくて作家になった訳じゃない。自分には何もないと絶望し「NEWSでいるために、NEWSを続けるために、自分に何ができるか」を模索し、必死に足掻き、ようやく辿り着いた答えが「作家」だった。ただそれだけ。 今でも、『加藤シゲアキ』という(当時は)見慣れないカタカナ表記の名前が装丁に刻まれた、少しザラザラとした加工を施した処女作「ピンクとグレー」を手にしたあの時の、なんとも言えない気持ちはずっと忘れられない。たぶん一生忘れられない。嬉しいような、恥ずかしいような、誇らしいような、とても不思議な感覚だった。そんなデビュー作を発表した日の朝に加藤さんは「叩かれる日々が始まった」そんな風に思ったと語っていたんだっけ。実際は「思ったより世界は俺に優しいじゃん」と安堵していたね。そんなことを思い出して、いま自分が見ている光景は加藤さんが「こうなったら良いな」と思い描いていた未来以上の未来なんじゃないかと思うと、もう涙が止められなかった。すごいね。ただずっと加藤さんのことが好きで、どうしようもなく大好きで、あなたの感性に触れたくてその手を離せずにいたら、いつのまにかこんなところにまで連れてきてくれたんだね。こんなにも愛に溢れた美しい光景を見ることが出来て、わたしは本当に幸せ者だなぁ。そんな風に思ったりして。
は〜〜〜〜〜〜〜書いた書いた!!!約1万字ですって!!!こんな乱文にお付き合いくださった方!いらっしゃいましたら本当にありがとうございました!!!本当はノアとケンの関係性のこととか、ヒルダ様の美しさのこととか、ヴィンガスの正義とかについても書きたかったんだけど力尽きてしまったので一旦終了!!!また思い出したかのようにそのうち気まぐれでふと書き足したりするかも。
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まじで!!!関係各位!!!お願いします!!!!!!(札束をぶちまける絵文字)

